Category Archives: 家族関係

保育園から企業まで

保育園から企業まで

東京の目黒駅の近くに、20年ほど前からオフィスを構えています。
以前は小学校から大学に至る教育関係で仕事をしていましたが、それでは対処が遅すぎると感じ、保育園という人生初期の時代に、予防的に働きかける立場をとることにしました。
発達障害を主とする様々な子ども達の問題も、脳の機能の問題ととらえ、周りが適切な対処をすることで、小学校に入る頃には影を潜めて行くという事実を日々目にしています。
企業の中でも同じで、不適応を起こしている社員の方にはご自身の脳の特性を理解して頂き、周りの方には適切な対処をして頂く、といったことで状態はだいぶ好転します。

歳の多少はあっても、脳機能という面からの切り口は非常に重要で、私の臨床の中では問題をひもとく一助となっています。来談者の方にとっては、わかりやすい理論で対処方法が明確であるため、解決志向の方がいらっしゃることが多いようです。

経営者育成とカウンセリング

ある産業系の新聞の記事で、社員をやる気にさせるには4つの原則があると経営指南者が書いていました。
① 出来事よりも感情を取り上げる
② 批評、批判、善し悪しは言わない
③ 自分の考えや方法を押しつけない
④ 秘密を守る
あれ? カウンセリングをかじった方ならおわかりの通り、まさにカウンセリングの姿勢そのものです。カウンセリングの入門書には同じように望ましい姿勢が記載されていると思います。
これらから導き出されるのは、切り口は違っても、人間が前に進む、進化していくためには、問題を解決する、安心して前に進むのに必要な環境が必要で、流派や切り口を問わずその環境の構成要素は同じだと言うことのようです。
自分一人で解決するに越したことはありませんが、人の力を借りてさらなる解決の道を模索してみるというのも健康的で魅力的だと思います。

井口和子

心と身体の声に耳を傾けて

はじめまして、小田急線六会日大前で「Office Wellオフィス ウェル」と言うカウンセリングオフィスを開いて13年になります。

私はK-TASの誕生から関わらせて頂いておりますが、今回HPでご挨拶させて頂く機会に自分の心理臨床、35年以上の長きに渡って仕事としていく、きっかけとなったエピソードなど書かせて頂こうと思います。35年以上も心理臨床の現場に身を置いておりますので、長文お許しください。

エピソード・・心理臨床との出会い

1970年代フォークソング全盛期・・大学で心理学を学んでいた私は神田の古本屋街を一人で闊歩したり、荻窪や下北沢あたりの時代屋のような喫茶店で珈琲を飲みながらそこに集う大学を超えての様々な人と交流を持っていました。
哲学であったり、宗教であったり・・今だったら「ちょっと怪しい?」
そんなある日神田で、ある精神科単科の病院が入院患者さんの治療として「演劇療法」を行ったその映像を自主上映しており、ふら〜っと立ち寄ってその自主映画を観ました。「アリスのナンタラカンタラ」ともう一本小難しい題名がついていましたね・・そこで素朴に感じたこと・・
「誰が精神を病んだ病人で誰が治療者なの?全くわからない」「病むって?」たまたま、側に上映者側の方(後から病院院長とわかる)が居て、感想を求められた時に、そんな単純な疑問を話していました。(のちにその病院に自主的な?実習に行かせてもらう)私の臨床心理、心理療法への道のきっかけはこんな単純な疑問から始まりました。

仕事として関わる

大学では実習として3箇所ほどの精神科や精神保健センターで大人と思春期の
デイケアーなどにも参加させて頂く機会がたくさんありました。当時は今より良い意味で実習の制約が少なかったように思いますね。
「仕事」と言えるようになったのは、東京都の公立の教育相談所からですが・・
今振り返ると・・やめましょう・・
その最初のお給料らしきものをもらった教育相談所時代のスーパーバイザーから、「貴女は本当に病んでいる子どもの姿を知っている?」「本当に病む、子どもの姿を知ることで、健康な子どもの姿が見えて来る」と県立子ども医療センターの医局での研修を勧められたのです。私がこの仕事に進むきっかけともちょっとリンクしますね。
そしてそこで約1年半・・心理ではなく医局で遊ばせてもらいました。
(学んだなどとは恐ろしくて言えません)
その時、身近に児童、思春期の彼らの様々な心傷、心身の状態に接し、治療の側に身を置けた事は本当に私の宝の一つとなっています。
こうして思春期の彼らとの関わり、私学のSC〜〜現在の公立SCまで途切れることなく続いているのは、この一歩があったからかもしれません。

教育研究所から市の教育委員会へ

今の私に大きな、大きな体験を与えてくれたのは横浜市での「子ども家庭支援相談」でした。ここでは若気のいたり?で「闘うカウンセラー」「怒れるカウンセラー」などと言われた事もありました。それは「虐待」等々への対応で心理カウンセラーandケースワーカーとして?警察の生活安全課の方々や福祉の領域の方々との仕事を通して言葉に言いつくせない過酷な状況の子どもたちとその周辺領域への関わりを学びました。
これは現在RIFCR(リフカー)を学ぶ基礎となりました。

企業の健康管理室

今から15年くらい前になりますが、外資企業の健康管理室に始まり現在まで数社に於いて社員の健康管理を臨床心理士としてサポートする・・ストレスチェックの始まるかなり以前から産業分野でも働かせていただいています。

そして今・・
学生時代から興味のあった東洋医学に縁をもらい「薬膳料理」と出会い、西洋医学だけではなく、普段の生活の中に取り入れられて美味しく、楽しく、身体内外から心身のバランスを調えていく・・心と身体の声に耳を傾ける。
薬膳とスパイスを学んでおります。これはもはや趣味の領域でもありますが。

もう一つ最近・・初心に返り「自分と向き合い自分と繋がりしっかりと自分の前にいるクライアントに繋がる」「安心、安全な場で自由な自己表現を行う」
“Speaking Circles”で自分と向き合い(繋がり)クライアントにとっての安心の場を常に用意できるように、力まず楽しく学んでおります。
自分一人ではどうしたらいいかわからない・・そんな時に私は、訪れてくれた方の一人一人の「自分と向き合い心と身体の声に耳を傾ける」安心、安全な場を提供し、その過程を共に過ごしていきながら、健康を、笑顔を、心の安心を・・取り戻していくお手伝いをさせていただきたいと思っております。
初めての面接の、あの時の、「おそれ」を常に傍に置いて、私自身のケアも忘れずに・・
安田 真理子

幸せな人生は心が決める

藤沢駅南口から大船方面に6分ほど歩いたところに、私の運営するカウンセリングルーム「心とからだのケアスペース オアーゼ」はあります。

長年カウンセリングの仕事にかかわる中で、「心」と「からだ」の関連性やその重要性に気づき、心だけでなく身体からも心の健康にアプローチしていく相談の場として14年前に開設し、12年前に現在の場所に移りました。

例えば、同じ才能、同じ財力、同じ環境・・すべて同じ二人がいたとしたら、二人は同じだけ幸せでしょうか。おそらく違うでしょう。私たちの幸福感は、感じる「心」で決まります。「幸せな人生は心が決める」と言っても過言ではないでしょう。

「オアーゼ」では、いらした方が、カウンセリングや身体のワークを通して自身の心や身体に気づきを得ることにより、自分自身で健康や幸せを築き上げていくことをお手伝いすることを目指しています。

私がカウンセラーになった35年程前には、カウンセラーという言葉や職種を知っている人はほとんどいませんでした。現在では、小学生でもカウンセラーを知っていますし、「友達に言われた言葉がトラウマになった」などと会話することもあり、ストレス社会と言われています。身体の健康維持にジムに通うように、心の健康維持にも知識や工夫が必要になっています。

そういった背景もありここ数年は、企業や学校でのメンタルヘルス講演のほかに、小学校、中学校、高校で、児童生徒に心の健康についてお話する機会も増えてきました。

多くの皆さんに心理学の知識を役立てていただけるようK-TASの活動にも取り組みたいと思います。どうぞよろしくお願いします。

心とからだのケアスペース オアーゼ  代表 山本みどり

 

箱根駅伝を歩く

箱根駅伝を歩く

「箱根駅伝を歩く」(泉麻人著. 平凡社.2012.11.)という本がある。泉氏と私はほぼ同時期に歩き出したようである。泉氏は箱根駅伝コースに連なる街・寺の過去・現在を織り交ぜ真面目に描きつつ歩く。

一方、私はなぜ、箱根駅伝だったのか。①箱根駅伝のファンであり、学生が目にしている同じ景色を見たい ②一区間約20キロという距離とゴールがある ③近隣の散歩では「寒いから、風が強いから」と中断の口実を見つけてしまう ④歩き疲れて止めたくなった時、学生たちに負けてしまった気分になるから、それがモチベーションである。

 

一昨年末の箱根駅伝行

鹿児島の高校生たちは、島津義弘公を讃える行事「妙円寺参り」(鹿児島市内から約20㎞の行軍)に参加するのが恒例である。この日、道路は高校生があふれる。箱根駅伝と妙円寺参りはほぼ同距離。この経験があるのでたどり着けるはずと始めたが、10㎞も歩けば「まだか、まだか・・・」と中継点を意識し始める。権太坂、遊行寺の坂、押切の坂なんて可愛いもの、と思えるのが箱根の山。

6年前の12月29日、5区に向かった。登り坂は函嶺洞門を越えると傾斜が急になる。重い脚を叱咤しながら黙々と前に出す。「大平台のヘアピンだ!」と見上げると、赤文字の「中央大学」の応援旗が広がった。「もう準備ができているんだ」。

喘ぎつつ旗を見上げた私はこう思った。中央大学の選手は、応援旗を見て「赤文字が象徴する場(大学という空間・仲間)に抱かれ癒されて」、「だから私はまだ走って行ける。」と新たなエネルギーを得るのだろうと。辛さや孤立を感じた時、そこに旗がある。それは、あたかも自分を見守る母のほほ笑みよう、肩をたたきあう仲間のように感じるのだろう。

 

いだかれ、はぐくみ、きっかけをつくる

ヘアピンカーブをなぞりながらさらに考えは続く。カウンセリングって、この応援旗と同じ意味合いを持っているのだろう、と。カウンセリング場面にいる人たちは、それぞれの人生を悩みつつ生きている。私たちが来室者と一緒に取り組んでいるカウンセリング場面は、来室者にとってホッとできる「いだかれた温もりの場」であり、歩き出していく意欲と自信を「はぐくむ場」であり、そしてふたたび伸びやかに葉を広げる「きっかけをもたらす場」である。

私はそのような場を提供できているのか、提供しているつもりになっていないか、応援旗でありえているか。そのことを心に留めておきたい。私の箱根駅伝は、少しだけカウンセリングを考える機会でもあった。